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藤子・F・不二雄的な隠れたSFの名作『ランダム 存在の確率』映画レビュー - カタパルトスープレックス

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カタパルトスープレックス
2025/08/16
>ジェームズ・ワード・バーキット監督が脚本と監督を務めた2013年のSFスリラー『ランダム 存在の確率』(原題:Coherence)は、独創的なアイデアとシンプルなアプローチで量子物理学の世界を作り出した作品です。彗星の接近が引き起こす奇妙な現象によって、友人たちのディナーパーティーがめちゃくちゃになっていく様子を描いています。雰囲気としては藤子・F・不二雄のSF短編漫画に近いものがあります。 この映画は、「量子デコヒーレンス」や「シュレーディンガーの猫」といった複雑な量子物理学の考え方を背景に、現実と個人のアイデンティティの脆さ、道徳の変わりやすさ、そして未知への恐怖というテーマを描いています。特に「マルチバース」を効果的にドラマ化し、すべての判断や出来事が新しい現実に分かれていくという考えを物語の中心に置いています。丁寧に作られた物語と、即興的な演技や監督自身の自宅での撮影といった独特な制作方法が、テーマの深さを支えています。 あらすじ|マルチバースで混沌に陥るディナーパーティー テーマ|優柔不断が生む「より良い現実」を求める旅 キャラクター造形|混乱の中で表れる人間の本性 映画技法|即興と低予算が生み出すリアリズムと緊張感 まとめ|制約から生まれた世にも奇妙な物語 あらすじ|マルチバースで混沌に陥るディナーパーティー 物語は、マイクとリーの北カリフォルニアにある自宅で開かれたディナーパーティーに集まった8人の友人たち(エミリー、ケビン、ローリー、アミール、マイク、リー、ヒュー、ベス)から始まります。この夜は、ミラー彗星が地球に近づく夜と重なっており、これが後に起こる奇妙な出来事の重要な舞台となります。パーティーの最初では、エミリーがケビンの海外出張に同行することにためらいを感じていることや、ケビンの元恋人であるローリーがアミールに連れられて参加していることによる微妙な雰囲気が描かれます。 パーティーが進む中、突然の停電が起こり、近所一帯が真っ暗になります。しかし、遠く離れた一軒家だけが明かりをつけています。携帯電話も固定電話つながらなくなり、ヒューは物理学者の兄から彗星が近づいている間に「何か奇妙なこと」が起きる可能性があると聞かされていたことを思い出します。さらに不気味なこととして、誰も割った覚えのないグラスのかけらを見つけます。 何が起きているのか調べるため、ヒューとアミールは明かりのついた家へ電話を借りに行きます。二人が戻ってくると、ヒューは額に切り傷を負っており、アミールは卓球のラケットと、裏に数字が書かれた参加者全員の写真が入った謎の箱を持ち帰っていました。ヒューは別の家で自分たちそっくりの人たちが夕食を食べているのを見たと話しますが、最初は誰も信じようとしません…… テーマ|優柔不断が生む「より良い現実」を求める旅 この映画は、「現実と個人のアイデンティティの脆さ」というテーマを深く掘り下げています。彗星の接近が引き起こす現実がバラバラになった状態は、登場人物たちに自分のアイデンティティを見つめ直させます。個人の「自分」がクローンを作られたり置き換えられたりする可能性は、深い実存的な恐怖につながります。 また、この作品は「変わりやすい道徳」という考えを描いています。登場人物たちが自分たちそっくりの人たちがいることに気づくと、お互いへの信頼がなくなり、自分の身を守ることを最優先に考えるようになります。この映画は、道徳が固定された真実ではなく、状況によって完全に左右されるという考えを描き、従来の「行為は状況に関わらず常に正しいか間違っているか」という考え方に疑問を投げかけています。道徳が安定した共通の現実から生まれるものであることを表し、「宇宙のルールが変わった」状況では、倫理システムが成り立っている基盤そのものが崩れてしまうことを描いています。特に主人公エミリーは、アイデンティティーの脆さを体現しています。彼女の旅は、ジョセフ・キャンベルの「英雄の旅」の3段階に沿って描かれています。 分離(壊れた携帯電話の画面) 開始(自分自身とケビンとの関係における真実と向き合う) そして帰還(新しい現実を選ぶ) バレエの機会を逃したことなど、過去の後悔が「より良い」現実を求める彼女の願いを駆り立てます。他の登場人物が知らないうちに現実を入れ替わるのに対し、彼女は全く異なる選択をします。マルチバースの中での自由意志と自分を良くしようとする気持ちというテーマを強めています。 キャラクター造形|混乱の中で表れる人間の本性 主人公であるエミリーは、決断できずに迷ってしまうという性格的な弱点を持っています。彼女の旅は、自分自身とケビンとの関係の真実と向き合い、新しい現実を選ぶという成長の物語として描かれています。他の登場人物が知らないうちに現実を入れ替わるのに対し、彼女はより良い現実を探します。この行動は、自由意志と自分を良くしようとする気持ちのテーマを強めています。監督によれば、エミリーの最終的な学びは共感を通じた自己発見であり、「私たちは皆同じなので、このすべての争いは必要ない」という気づきにあります。 他の友人たちは、それぞれ異なる方法で緊張と疑心暗鬼の高まりに関わっています。ケビン(エミリーの恋人)は関係の緊張と不信を表し、ローリー(ケビンの元恋人でアミールのパートナー)は曖昧さと人間関係の複雑さの象徴です。マイク(お酒を飲み過ぎる攻撃的なホスト)は分身を殺すことをすぐに提案し、疑心暗鬼と生々しい自分を守ろうとする本能を表現しています。 不安定なカップル、元恋人、不倫といった彼らの元からある関係は、量子的な混乱によって大きくなる人間関係のドラマを重ねています。特に注目すべきは、登場人物たちが複雑なSFのシナリオを素早く理解できるほど頭が良いのに、奇妙な出来事に対する最初の反応では理にかなわない行動を取るという矛盾です。この「愚か者と天才のパラドックス」は、話を進めるための巧妙な工夫として働いています。 映画技法|即興と低予算が生み出すリアリズムと緊張感 この映画は、わずか4〜5日間で「ほとんど即興の脚本」で撮影されました。ジェームズ・ワード・バーキット監督は、詳しい物語の大筋は用意していましたが、普通の脚本はありませんでした。俳優たちは毎日、自分たちのキャラクターの動機や背景に関する「メモカード」を個別に渡され、全体の話や他の俳優が何を知っているかは教えられていませんでした。中にはコメディだと思っていた俳優もいれば、主演のエミリー・バルドーニでさえ自分が主役だとは知らなかった状況でした。この方法により、「本物の混乱と緊張」が生まれ、「自然な演技」と「自然な動き」が生み出されています。 映画全体が監督自身の自宅で撮影されたことも、この作品の閉じ込められたような雰囲気と緊張感を高めています。最小限のスタッフで制作が行われ、複数のビデオカメラ(Canon 5D)と元からある照明が使われました。作品全体がこの世のイベントをおさめるホームビデオのようで、モキュメンタリーのような雰囲気を出しています。 短期間での撮影とは対照的に、映画は特に「精巧な音の設計」のために1年間の編集期間を必要としました。この作品は、ビックリさせるホラー映画によくあるパターンを避け、代わりに「異常な音」を通じて緊張感を高め、グループの「心理的なストレス」に焦点を当てています。効果音、部屋の音、背景の雰囲気は映画の感情的な意味に関わり、会話は自然な感じを反映して重なり合うことがありますが、分かる範囲に留められています。感情的な雰囲気を作り出す劇中音楽以外のスコアも効果的に使われており、観客の心理的な不安をあおる役割を果たしています。 まとめ|制約から生まれた世にも奇妙な物語 『ランダム 存在の確率』は、低予算という制約を逆手に取り、頭を使う深さと革新的な実行力を両立させた独立系映画の一例です。即興的な演技や、閉じ込められたような設定、そして巧妙な音の設計といった独特な制作方法は、単なるスタイルの選択にとどまらず、物語のテーマと深く結びついています。制作における制約が作品の芸術的強みへと変わり、混乱と不確実性から予期しない秩序が生まれる様子を映し出しています。 この映画は、観客に「マルチバースががいつから混ざったのか」を解明するよう促す、観客も参加する「思考実験」として働いています。曖昧な結末は、議論と解釈を促し、映画のテーマを描く部分をスクリーンを超えて広げる役割を果たしています。現実と個人のアイデンティティの脆さ、道徳の流れやすさ、自由意志の力、そして未知への実存的恐怖といった複雑なテーマを巧みに描き、認識に挑戦し、思考を刺激し、心に残る印象を残す映画として、その地位を確立しています。